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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)4981号 判決 1987年5月26日

原告

大西義一

原告

浦野美智枝

原告

大西勲

原告

大西満洲夫

原告

大西信彦

原告

大西了

原告

野口勉

右原告ら訴訟代理人弁護士

中込光一

岡村共栄

被告

右代表者法務大臣

遠藤要

右指定代理人

若月昭宏

外三名

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ一七八万一七三九円及びこれに対する昭和六一年五月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ一九八万六三八六円及び右各金員に対する昭和六一年五月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行の免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外大西譲(以下「譲」という。)は、昭和五七年一一月二七日午後一〇時四五分ころ、神奈川県横浜市磯子区栗木六九番地先路上(以下「本件事故現場」という。)を歩行中、折から同人の右側面を通過した車両(以下便宜上「加害車両」という。)の突起物(トラックのサイドミラーあるいは自動車の荷物の一部)に右側頭部を殴打されて転倒し、その結果右側頭部打撲による脳挫滅により死亡した(以下右事故を「本件事故」という。)。

2  責任原因

本件事故は、加害車両の保有者が不明であり、被害者において自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の規定に基づき本件事故によつて生じた損害賠償を請求することができない場合であるから、被告は、自賠法七二条一項の規定に基づき、政令で定める金額の限度において、本件事故によつて生じた人身損害をてん補すべき責任がある。

3  損害

(一) 逸失利益 一一〇〇万四七〇三円

譲は、本件事故当時四七歳の男子で、土木作業員として勤務し、年額一六一万六四三七円の収入を得ていたもので、本件事故に遭遇しなければ、満六七歳まで二〇年間右金額を下らない収入を得られたはずであるから、右収入額を基礎に、生活費として五〇パーセントを控除したうえで、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、同人の右逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は一一〇〇万四七〇三円となる。

1,616,473×(1−0.5)×13.616=11,004,703

(二) 譲の慰藉料 二五〇万円

本件事故の態様等の諸事情を考慮すると、譲の被つた精神的苦痛に対する慰藉料は、二五〇万円が相当である。

(三) 相続

原告らは譲の兄弟であつて、譲の死亡により、前記損害のてん補請求権(以下「本件てん補請求権」ということがある。)を法定相続分に従い、各七分の一ずつ相続により取得した。

(四) 葬儀費用 四〇万円

原告らは、譲の葬儀を執り行い、その費用として四〇万円を支出した。

4  よつて、原告らは、被告に対し、本件事故による損害のてん補として、それぞれ一九八万六三八六円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六一年五月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2は争う。

3  同3の(一)、(二)は不知。(三)のうち、原告らが譲の兄弟であり、譲の相続財産を法定相続分に従い七分の一ずつ相続により取得したことは認め、その余は不知。

4  同4の主張は争う。

三  抗弁

原告らは、昭和五七年一一月二八日、神奈川県磯子警察署において、譲の身元確認を行つた際、同警察署員から、譲の死亡原因について、殺人事件とひき逃げ事件のいずれか確認ができないため、刑事・交通の両面から合同捜査を行つている旨告げられていたものであるところ、この時点で既に原告らは自賠法七二条の運行によつて生じたと疑わせるに足りる合理的根拠となる事実を把握しており、右事実に基づき、自動車損害賠償保障事業への損害のてん補請求書に交通事故の可能性がある旨記載するか、事故証明書入手不能理由書を添付することによつて請求手続をすることが可能であつたというべきであるから、同日から二年を経過した段階で、右請求権は自賠法七五条の規定により時効によつて消滅している。

四  抗弁に対する認否及び反論

抗弁の主張は争う。

原告らは、譲の死亡原因について交通事故によるとするのが最も妥当であるとする同人の死体検案書を作成した神奈川県監察医である津田征郎医師の昭和六一年四月一三日付け意見書を入手したのが昭和六一年四月一五日であり、右時点までは自動車の運行によつて譲が死亡したものであるという認識はなかつたのであるから、自賠法七五条の時効の起算点は昭和六一年四月一五日と解すべきであり、本件てん補請求権は時効消滅していない。

仮にそうでないとしても、原告らが犯罪被害者救済制度による救済又は交通事故の被害者としての救済を受けるため証明書の交付を警察に求めていたのに対し、警察は、交通事故と殺人の両面捜査を行つており、結論が出ないので証明書の交付はできないとして右交付を拒絶していたところ、原告大西義一(以下「原告義一」という。)は、昭和五九年一一月二〇日ころ、磯子警察署に呼び出され警察官から時効との関係から交通事故として補償請求したほうがよい旨のアドバイスを受けたものであるから、少なくともこの時点を自賠法七五条の時効の起算点と解すべきであり、原告らは、右アドバイスに基づき、昭和五九年一二月一二日に自賠法七二条によるてん補請求をしたものであるから、右請求権は時効消滅していない。

第三  証拠<省略>

理由

一まず、請求原因1について判断する。

<証拠>によれば、譲は、昭和五七年一一月二七日午後一〇時四五分ころ、飲酒のうえ酩酊状態で本件事故現場を歩行中、保有者不明の貨物自動車様の自動車の突起物又はその荷物等の一部の突起部に右側頭部を中心に背面を殴打されるなどして脳挫傷の傷害をおい、右傷害によつて死亡したものであることが推認され、右推認を覆すに足りる証拠はない。

二前記認定事実によれば、被告は、譲の死亡により生じた損害につき、自賠法七二条一項に基づきてん補責任を有するものというべきところ、被告は、右責任につき同法七五条による時効消滅を主張するので判断する。

1  <証拠>を総合すると、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

譲は、昭和五七年一一月二七日の深夜あるいは二八日の早朝本件事故現場路上で俯伏せの状態で死亡しているのを発見されたものであるが、右死亡原因につき物的証拠もなかつたため、磯子警察署においてひき逃げと殺人事件の両面から捜査が行われ、捜査係の部屋の前には「栗木町殺人事件捜査本部」と書かれた紙を貼る等して、多数の参考人が取調べを受け、譲の兄の原告義一も昭和五七年一二月上旬には警察から家族構成、譲に関すること等の事情を聞かれるなどした。しかし、昭和六一年一二月二三日現在に至るも、右死亡原因が交通事故、殺人のいずれであるかについて結論を出すに至らぬまま、なおその両面捜査が継続中である。ところで、原告義一は、本件事故発生から間もないころ、譲の遺体の引取りに赴いた際、死体検案をした監察医が人間の力では譲の受傷は起こりえない旨交通事故の発生をうかがわせるかの言を述べていたことを右捜査担当の警察官から間接的に聞いていたものであるが、同原告において磯子警察署に対し数回にわたり交通事故証明書の交付方を要求したところ、交通事故によるものか殺人事件なのか結論の出ない以上右証明書の交付はできない旨拒絶されていた。ところが、昭和五九年一一月二〇日ころ、原告義一は、磯子警察署から呼び出しを受け、譲の死亡が交通事故によるものであるとすれば、時効の問題があるから保険関係者に相談する様告げられたので、保険会社に赴き相談したところ、交通事故証明書入手不能理由書を書いてすぐ書類を提出するよう言われ、本件事故の日から二年を経過した後である同年一二月一二日、自動車損害賠償保障事業へのてん補請求に必要な書類を整えて訴外日動火災海上保険株式会社を通じて右請求の手続(以下「本件てん補請求手続」又は「本件てん補請求」という。)を了した。

2 右認定事実を踏まえて検討するのに、自賠法七二条一項によるてん補請求権は、二年を経過したときは時効により消滅するものとされているところ(同法七五条)、右時効の起算点は、特段の規定がないから民法一六六条一項に従い自動車交通事故の被害者において右請求権を行使しうる時すなわちこれを行使するのに法律上の見地から障害がないと解するのが相当と認められる時から進行するものと解すべきである。

ところで、被告は、本件について、自賠法七二条一項のてん補請求の趣旨、目的がひき逃げ等事故による被害者の早期救済にあることを指摘したうえで、被害者においては事故が他車の運行によつて生じたと疑わせるに足りる合理的根拠となる事実を証明すれば、被告において、これを自動車の運行による事故として扱うべきものとされているから、手続的には右てん補請求書に交通事故の可能性がある旨記載するか損害てん補請求書に事故証明書入手不能理由書を添付することによつて、右請求権はこれを行使することが可能となるものであり、原告らは、本件事故の翌日である昭和五七年一一月二八日から右請求権を行使することが可能な状況にあつた旨主張する。

しかしながら、自動車損害賠償保障法施行規則二七条によれば、被害者が自賠法七二条一項の損害てん補の請求をするには、自賠法七二条一項の規定により政府に対し損害のてん補を請求することができる理由を記載した書面をもつて行わなければならないとしたうえ、それを証するに足りる書面を添付しなければならないとされているから、被告の主張するような右取扱いが右規則に則つた適正妥当な措置といえるかどうか疑問がないではないのみならず、仮に保有者不明の自動車事故の場合には右取扱いが通常であるとしても、右のような事情につき特段の知識を持ち合せない原告らにおいて、本件てん補請求権の行使に当たり譲の死亡が保有者不明の自動車事故によるものであることの明確な証明を要求されるものと考え、それを行使するについて逡巡していたとしても、それは無理からぬことというべきである。さらに、被告の右論旨に沿つて考察してみても、原告らが本件てん補請求手続を了した昭和五九年一二月一二日の二年前の時点(本件事故からわずか二週間後)においては、本件は単に交通事故であるか否かが判然としないというにとどまらず、前記認定のとおり所轄の警察において大々的な殺人事件捜査本部を設け、殺人事件と交通事故との両面捜査が鋭意進められており、原告義一の請求に対し、右捜査の結論が出ない以上事故証明を交付することができない旨回答しているなど特異な状況にあつたのであるから、法律上の知識に乏しく、右捜査の経緯の詳細につき報告を受けているわけでもない原告らに対し、自ら時効の問題に思い至り、保険会社等専門家への相談に赴くべきであつたとして非難することはできず、いわんや自ら譲の死亡が交通事故によることを疑わせるに足りる合理的な根拠がある旨判断し、交通事故証明書入手不能理由書を作成するなどして本件てん補請求の手続を取るべく期待することは到底不可能なことであつたというべきであろう。

そうであれば、原告らは、昭和五九年一二月一二日(本件てん補請求手続を了した日)の二年前の時点において、右てん補請求権を行使しうる状況にあつたものとはいい難く、右請求手続を了した時点では消滅時効が完成していたとは認められないから、被告の消滅時効の抗弁は理由がなく、失当といわざるをえない。

したがつて、被告は、自賠法七二条一項に基づき、本件事故により生じた損害をてん補すべき責任があるというべきである。

三進んで、損害について判断する。

1  逸失利益 一〇〇七万二一八〇円

<証拠>によれば、譲は本件事故当時満四七歳の男子であることが認められ、また、成立に争いがない甲六号証及び原告義一本人尋問の結果によれば、譲は、本件事故当時独身で子供もなく、訴外荒井土建において土木作業員として勤務し、年額一六一万六四三七円の収入を得ていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右の事実によれば、譲は、本件事故に遭遇しなければ、満四七歳から満六七歳まで二〇年間正常に稼働し、右収入を下らない金額の収入を得られたと推認されるから、右収入額を基礎に、生活費として五〇パーセントを控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、同人の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は一〇〇七万二一八〇円(一円未満切捨)となる。

1,616,437×(1−0.5)×12.4622=10,072,180

2  譲の慰藉料 二〇〇万円

本件事故の態様、家族状況その他本件審理に顕れた一切の事情を考慮し、譲の被つた精神的苦痛に対する慰藉料額は、二〇〇万円とするのを相当と認める。

3  相続

原告らが譲の兄弟であり、譲の死亡により、その相続財産を各七分の一の割合で相続により取得したことは当事者間に争いがなく、これによれば、原告らは譲の前記損害のてん補請求権(一二〇七万二一八〇円)を右割合に従つて取得したことが認められる。

4  葬儀費用 四〇万円

<証拠>によれば、原告らは、譲の葬儀を執り行い、右費用として少なくとも四〇万円を均等割合で支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

四結論

以上のとおりであるから、原告らの被告に対する本訴請求は、それぞれ一七八万一七三九円(一円未満切捨)及びこれに対する本件てん補請求をした日ののちである昭和六一年五月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容するが、その余は理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用し、仮執行の宣言はその必要がないものと認め、その申立を却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎 勤 裁判官藤村啓 裁判官比佐和枝)

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